リフト付き空港リムジンバスが拓く、バリアフリー社会の未来とは?
2016年3月31日に羽田空港国際線ターミナルと横浜シティターミナル間で開始された「リフト付き空港リムジンバス実証運行」が、間もなく1年を迎えます。2020年オリンピック・パラリンピック東京大会において、空港アクセスのバリアフリー化のシンボルともなるこの実証運行が、この1年でどのような成果を生み、どのような課題が見つかったのか、京浜急行バスの事例について取材しました。
写真は左から、運転士の眞野さんと添乗員の菊池さん(京浜急行バス)。
■羽田・成田両空港路線で始まったリフト付き空港リムジンバスの実証運行
- リフト付き空港リムジンバスの専用停留所は
羽田空港国際線ターミナル1階からアクセス
●国内初!リフト付き空港リムジンバスの実証運行
「リフト付き空港リムジンバスの実証運行」は、2016年3月31日京浜急行バスによる「羽田空港国際線ターミナルと横浜シティターミナル間」を皮切りに、同年4月15日には東京空港交通による「羽田空港国際線ターミナルと東京シティターミナル間」、同年8月16日には、京成バスによる「成田空港~海浜幕張駅・幕張メッセ間」で開始されました。
リフト付き空港リムジンバスには、車体中央部にリモコン操作の乗降リフトが搭載されており、車いすのままバスの乗り降りができることがポイント。海外からの来訪者の増加が見込める2020年の「オリンピック・パラリンピック東京大会」を契機として、バスのバリアフリー化進展の切り札となることが期待されています。
■リフト付き空港リムジンバスの乗降のしくみ
●バスの到着からリフトで降りるまで
専用停留所に到着したリフト付き空港リムジンバスの降車の様子を見てみましょう。リフトによる降車には、通常10分~15分くらいの時間を要します。
- 車いす用のリフトが見えてきます
- 車体中央部の乗降ドアを開きます
- リモコンでリフトを手前に出します
- 降車を待つ利用者
- リフトを座席と水平の位置までアップ
- 肘かけと固定バンドをセット
- リモコンでリフトを降ろします
- 添乗員がセットアップ状態を確認
■リフト付き空港リムジンバス運行実証の現状と課題
・リフト付き空港リムジンバス運行実証開始初期からの課題
京浜急行バスよると、リフト付き空港リムジンバス導入当初から課題としてあげられていたのは、大きくは次の3点だったということです。
①リフト使用時の乗降に時間を要する
はじめにご紹介した降車の様子からもわかる通り、リフトの昇降を操作する担当者と、リフトに乗る補助をする添乗員の2名体制で、安全確認を行いながら手早く対応する必要があります。それでも10分〜15分かかる現状に変わりはありません。
②トランクルームスペースが減少する
通常のリムジンバスには2つのトランクルームがあります。リフト付きバスでは、中央部のトランクルームをつぶして、リフト稼働スペースが確保されています。車いす利用者以外の利用者にとっては、トランクルームが少ないために、混雑時に重いトランクを車内に手持ちで持ち込むケースがないとも言えません。
「キャリーバックのご利用の多い空港連絡バスにとっては,トランクルームが減少してしまう事も大きな課題です」
③乗車定員が減少する
車いす利用者2名の座席を確保するためには、下の写真でもわかるとおり、車いすスペースの前後の座席を折りたたみ、各列4つ=合計8つの座席をつぶしたスペースが必要となります。
- 車いす乗車スペースの後方の座席
2座席が折りたたまれている
- 車いす乗車スペースの前方の座席
4座席が折りたたまれている
■運行実証への対応から生まれた新たなる課題
・一般利用者のサービス水準を低下させないためには何が必要か?
リフト付きバスの課題に対応し、一般利用者のサービス水準を低下させないために、特に苦心された点について伺いました。
「リフト付き空港リムジンバスは、乗合バスとしての定時運行の確保および一般利用者との混乗であるという側面も重要視しないとなりません。それを両立させるため,どういった運行計画および運用が望ましいのかを検討し,さらにそれを関係箇所と調整する点が苦労しました」
・一般利用者にも配慮した定時運行対策
また、リフト付き空港リムジンバスの定時運行のために、次のような運用対策が実施されています。
「リフトご利用の場合,原則,前日までの事前予約制としております。羽田空港(国際線ターミナル)および横浜駅(YCAT)の乗車場所を一般利用者とは異なる場所とし,バス出発時刻の15分~20分前までに乗車場所にお越しいただく様ご案内をしています」
さらには、「リフトご利用のお客様およびその介添の方の乗車後,一般の方のご利用のため,通常の乗場に停車します」
これらの対策によって、一般利用者にも配慮した定時運行が可能となりました。
・運用対策から生まれた新たなる課題
しかし、こうした一般利用者への配慮が、一方で車いす利用者にとっては不利益を生む現実があります。
「通常の羽田空港~横浜駅(YCAT)線は国際線⇔国内線第2ターミナル⇔国内線第1ターミナルと経由して発着しておりますが,当該路線は国内線ターミナルを経由しておりません。もし,国内線ターミナルに車椅子でリフト利用を希望するお客様がいた場合,現状の昇降時間を勘案すると後続車に抜かれてしまい,当初から当該車両にご乗車いただいているお客様のご理解を得られないと感じているためです」
リフト付き空港リムジンバスは、起点と終点が限定され、路線途中での乗降や国内線ターミナルの経由ができません。前日までの事前予約制、出発時間より前の乗り場到着など、車いす利用者への負担が大きいことも事実です。
「リフトを使用しての車いすの方のご利用は2016年3月31日運行開始から,2月8日現在のところ、12名となっております。実際にリフトを使用しての車いすの方のご利用は,残念ながら殆どいない状況です」
利用者が極端に少ない現実が、それを物語っています。
「山積の問題をクリアするために,結果的に専用ダイヤを作成(増便)し,運行をせざるを得ない状況です。乗務員不足が深刻化している現状において,その様な対応での運行の常態化は難しいと考えています」
■現場の視点を大切にしながら、利用者に配慮
・リフト付き空港リムジンバスと向き合う乗務員
さまざなま課題がある中でも、安全・安心な運行のために、京急バスでは次のような取り組みを行っています。
「ご利用者や歩行者の安全確保から,常に添乗員を乗務させ,ツーマン運行としております」
リフトの操作まで含めて接客対応が求められるため、通常のリムジンバスと比べても、乗務員への負担はどうしても大きくなります。運転士、添乗員の2名体制で対応することで、一般利用者に配慮しながら、車いす利用者への細やかな配慮を欠かさないような体制づくりが重要なポイントです。
さらには、乗務員向けに『リフト付きバス運行マニュアル』を作成し、当該路線(羽田空港~横浜駅(YCAT)線)に乗務する全運転士の習熟を図っているそうです。
- 京急バスの眞野さん
●インタビュー・京急バス 眞野さん
空港リムジンバスの運転士、リフトの操作担当者としてご活躍の京急バスの眞野さんに、運行実証を担当された感想を伺いました。
「50名程度のスタッフが交替で担当しています。東京羽田-横浜YCAT(ワイキャット)間を、ダイレクトに行き来できる点を評価いただいていると思います。横浜で行われた障害者スポーツの国際大会では、実際に海外からの車いすのお客様にもご利用いただきました。東京オリンピック・パラリンピックを想定できるものだったと思います」
- 京急バスの菊池さん
●インタビュー・京急バス 菊池さん
空港リムジンバスの添乗員を務める京急バスの菊池さんに、利用者のサービス対応の中で、特に気をつけている点について伺いました。
「女性のお客様の場合、昇降時には外向きになりますので、ひざ掛けを用意させていただいたり、できるだけていねいなサポートを意識しています」
■リフト付き空港リムジンバスの普及のために
●リフト付き空港リムジンバスの普及のために必要なこと
「今後導入路線を増やすとなりますと,リフトを扱える停留所が限られる(上屋,歩道幅を含め車いすの導線,バス停の占有時間など)と思われ,さらに雨の日などにおいては,利用者が濡れてしまう等,サービス面にも問題が想定されます」
リフト付きバス停留所増加や停留所の整備も含めると、もはや、バス事業者だけでは解決できない課題が山積みと言えるでしょう。
これらに対応するためには、「車両面,運行面などの課題を,関係機関を含め共有し,その解決に働きかけをしたいと考えています。具体的には,車両メーカーにおいては,少なくとも乗降時間に要する時間が大幅に短縮をした車両の開発を,道路管理者やバスターミナル等に対しては,リフト操作が安全に行える停留所の整備等をお願いする次第です」
2020年オリンピック・パラリンピック東京大会において、空港アクセスのバリアフリー化のシンボルともなるリフト付きバスの運行が本格的に展開できるかどうかは、この実証運行から得られたノウハウや課題を共有し、より具体的に対応することが鍵となりそうです。
編集後記
リフト付き空港リムジンバスの運行実証が間もなく1年となります。今回の取材では、課題が山積みのリフト付きバスの現実を目の当たりにしましたが、バリアフリー化のさらなる進展のためには、どうしても乗り越えなければならない重要な一歩と言えるでしょう。今後、リフト付きバスがどのような発展を遂げるのか。オリンピック・パラリンピック東京大会を迎える私たちのバスが、どのような姿になっているのか。空港アクセスのバリアフリー化は、一車種の機能や、一業界だけの努力で解決できるような単純なものではなく、多くの課題を乗り越えてこそ実現できるものです。課題が克服され、多くの方々の苦労が実り、空港アクセスのバリアフリー化が進むことを期待しています。